観測の単位
観測と言うと、多くは形を思い浮かべる。
スパイク。
アウトサイド。
ダブルトップ。
だが、それらは模様だ。
観測の単位は模様ではない。
観測の単位は、立場の変化である。
足は単位ではない
1本のローソク足は情報を持つ。
だが、それ自体は観測の単位ではない。
大陽線が出た。
それは更新かもしれない。
しかしその後、否定され、戻れない状態が確認されなければ、固定は生まれていない。
観測は足ではなく、更新と否定の一往復である。
観測の最小単位
観測の最小単位は、こうだ。
閾値に接触する。
更新が起きる。
その更新が否定される。
否定された側が戻れない。
ここまでで、初めて固定が確定する。
これが一単位。
1本ではない。
1パターンでもない。
立場が変化し、その変化が市場に残ったところまで。
そこまでを一つとして扱う。
この一往復をストーリーと呼ぶなら、それでもいい。
だが未来の物語ではない。
起きた事実の連鎖だ。
重要なのは、どこで立場が変わり、どこで残ったか。
なぜ単位が重要か
単位を足にすると、予想が始まる。
「この包み足は強い」
「このヒゲは反転だ」
だが足は未完成。
立場が確定していない。
単位を固定の発生にすると、予想は消える。
見るのは形ではなく、戻れない立場だ。
観測単位が崩れる瞬間
単位が崩れるのは、焦りが入ったときだ。
更新した瞬間に入る。
ヒゲを見て反応する。
アウトサイド1本で決める。
まだ否定が起きていない。
まだ戻れない立場が確認できていない。
それでも「なりそう」で動く。
このとき、単位が崩れている。
もう一つの崩れ方もある。
時間を無視すること。
更新。
否定。
すぐに戻る。
固定が生まれていないのに、固定がある前提で考える。
これも単位の崩壊だ。
観測の単位は、更新、否定、戻れない。
この三段階を終えて初めて完成する。
途中で切ると、物語になる。
単位を守るということ
単位を守ると、足に飛びつかない。
思惑に乗らない。
未来を語らない。
見るのは常に、誰が捕まっているか。
観測とは、足の集合を見ることではない。
立場の確定を見ること。
更新と否定の往復で生まれた固定。
それだけを積み重ねる。
まとめ
観測の単位は、ローソク足でも、パターンでも、時間足でもない。
固定の発生だ。
閾値。
更新。
否定。
戻れない。
ここまでが一単位。
単位を守れば、相場は構造になる。
単位を崩せば、相場は物語になる。
違いは、未来を語るかどうか。
観測は、確定した立場だけを扱う。
